言葉と記憶の小径。

D's Diary./The long and winding path of my own choice.

言霊もしくは第三の眼。

〇日

休日。カミさんは東京。自分はというと今日は「片づけの日」と決め、炊事・洗濯・掃除、アトリエの整理・整頓。事務所の引っ越し時、これでもかっというほどモノを捨てたつもりだったが、まだまだ、不要なものがあちこちに散在している。

それらが終わると、パソコン内の整理。大容量のデータが多いので、平日にそれをすると作業がストップしてしまう。

データ用のDVDや昔のポジ、プリントも捨てる。名残り惜しいものもあるが、ほんとうに必要なものは、忘れたくても自分の心の内奥で生き続ける、と考えることにしている。

国鉄に勤めていた父は、勤続30年で表彰を受けていたが、自分はこんなに長く仕事を続けても、何の表彰もない。

論語に「徳不孤 必有隣(徳は孤ならず 必ず隣あり)」という言葉がある。一つの道を徳を積みながら突き詰めていくと、時には孤独になったりもするけれど、必ずや、賛同したり、支持する人が寄って来る──というような意味である。

片づけたモノの山は、言い換えれば、仕事を長く続けた証でもあるかもしれない。たくさんの人に支えられ「孤」になる暇さえなかったことが、奇跡のように思えてくる。

 

 

〇日

夢を見た。目の前の机に、数字がいくつも並んでいる。11、3、9、22、28、26、14、24、47…よく見ると、みんな数センチほど浮き上がっていて、それぞれがゆっくりと回転している。

とても強いヴァイブレーションを感じている。ふとした瞬間、いくつかの数字がくっつきあって、直径10センチほどの大きな水滴と化した。その水滴もまた、水晶のような透明な光を放ちながら宙に浮いてジリジリと静かに振動している。

 

知人のA子さんから「姓名判断って当たるんだよ」と教わって、自分のことを調べてみた。占いなどまったく興味がなかった。A子さん曰く、姓名判断は占いではなく、統計学。文字は一つひとつ固有の意味とヴァイブレーションを持っており、名前はその文字(画数)の組み合わせでもある。その組み合わせによる人生への影響は、数千年にわたってシミュレーションされて現在に至る…との理屈は、なるほどと、うなずける。まさに言霊である。

 

ちなみに、西洋にも姓名判断はあって、それは画数ではなく音韻、つまり音のヴァイブレーションで鑑定するのだそうだ。夢に出てきた数字は、姓名判断の画数だったのかもしれない。

あるサイトで調べた自分の姓名判断は、

総格 47画

勤勉・努力で、周囲から信用を得る。金運は悪くはないが、お金に淡白。精神的な幸福を求める。

人格 24画

清らかな探究心。裏方的なところがあるが、種を蒔き、やがて広く開花。

地格 21画

孤立心旺盛。困難に遭っても物事を最後までやり遂げる。

外格 16画

一匹狼的性質だが、目上の人の援助を得て成長。おごりたかぶらないことが幸運の鍵。

夢のなかの、あの水滴は何だったんだろう。

 

 

〇日

この15年ほど、ヨーガの先生に教わった呼吸法を実践している。毎朝、10分ほどだが、洗面や歯磨きみたいに、習慣になっている。

呼吸法といっても単純なものだ。息を吸う(吸気)、息を止める(クンバカ)、息を吐く(呼気)の時間を延ばす──を繰り返すだけ。背筋が伸びて、尾てい骨の下あたりから「気」のようなものが頭上を抜けて、空に伸びていくような気がしてくる。背骨をパイプとするならば、そこに溜まった垢が少し落ちていくような感じ。

 

映画『グラン・ブルー』のモデルとなった海洋冒険家 ジャック・マイヨールは、ヨーガの呼吸法を身につけていた。空気中には「プラナ」と呼ばれる見えない生命エネルギーが充満している。意識して呼吸することで初めて、その生命エネルギーで細胞を活性化することができるのだという。食物に滋養や生命力があるように、空気のなかに、それらが内包されてされているのは自然の摂理だろう。

左の鼻孔で吐いて、吸って、止めて。右の鼻孔で吐いて、吸って、止めて。息を止めるときには、肛門を締め、おへそを背中にくっつけ、喉を閉じる。呼息1に対して、吸息2分の1、保息2の割合。

心のなかにの邪気が呼吸のたびに清流で浄化されていく感じがして、身体も気持ちも軽くなる。最後に呼吸を整え目を開くと、2割くらい世界が広く見える。

 

昔、インドにいたころ、修行中のヨーギーに「Mister!」と呼び止められたことがあった。手招きするので彼の前に立ったら、眉間に赤い粉のようなものを、すうっと塗り込まれた。

ヨーギーは下手な英語で「君はきっと、第三の眼を持つ人間になれます」と、そんなことをいってくれたのだった。

「Can I ?」

「Sure, You Can」

ついでに「私、無欲な人間になりたいのですが」と尋ねてみた。ヨーギーはやさしく微笑んで「それも欲です」といって立ち去っていった。