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マレーシアをめざす途中、バンコクに滞在。スワンナプーム国際空港に着いたのは、午前0時を少し回ったころ。市内への電車は、ちょうど最終が行ったあとだった。空港地下にあるレートのいい両替所も閉まっている。最小限の円だけ、近くの両替所でバーツに替える。
ゲートの出口前に新たにできたGrabの乗り場は大混雑。仕方がなく、レギュラータクシー乗り場へ。「800B(1バーツ=4.5円)」とドライバー。「メーターを使わないのなら、降りる」というと、ため息をつきながらメーターを倒した。BTS ・Nana駅近くのホテルまで高速、空港税込みで 450B。500B紙幣を渡す。双方、笑顔。
この街は、永遠に眠らない。朝方までクルマやバイクの騒音が鳴り響き、でこぼこの古びた狭い歩道はアラブ人やインド人の露店、ファランの旅人で埋め尽くされる。ほぼ50メートル間隔で立ちながら、艶めかしい笑みを投げ掛ける娼婦たち。以前より、レディーボーイが増えた気がする。
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チャイナタウンをシンボライズするのが「金行」だ。華人たちは伝統的に財産を金で所有し、金行ではいまも金製品の売買が行われる。明治時代、日本で「銀行」の「銀」が選ばれたのは、当時、金よりも銀が多く流通していたからとされる。
1975年のサイゴン陥落直後、日本に留学していた友人のベトナム人一家がボートで国を脱出。そのとき、個々の家族が身体に巻いて持ち出したのは「金」だけだった。「政治が変わればゴミにしかならない貨幣の価値など、私たちは信じない。国も信じない」といったときの彼の遠い目線を思い出す。
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タイに住む華人の8割以上が広東省南部の潮州出身という。チャイナタウンの料理店の多くも潮州料理で、市場で売られる食材も、おのずとそれに見合うものとなる。
ちなみに、世界でもっとも規模が大きいチャイナタウンは、ニューヨーク・クイーンズ地区にあるフラッシングチャイナタウンで、2位がバンコク、3位が横浜。
市場の細い道を肩がふれないようにすれ違う人たち。時折、道の真ん中を荷物を運ぶ荷車やバイクが通る。誰もが嫌な顔などせずに端に寄る。生活への敬意。僧侶もにこやかな表情でショッピング。
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彫刻は必ず裏にも回って眺める。裏側にも必ず、つくり手の意志の痕跡があるから。街もしかり。小路、小径、いろんな裏道をたどる。表の道と違って、裏を抜ける道は沈黙であふれている。眺めが薄い代わり、物語がある。
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いい小道ではふだん見えないようなものが見えてくる。好きな小道をじぶんにもっているといないとでは、街の見え方がちがってくるとおもう。小道は街の風景のなかへはいってゆく道なのだ。
街はひとが他者に出会うところだ。一人のわたしが他者とのあいでのみ、はじめて一人のわたしであることをよくよく思い知るところ。それが街だ。街ではたがいにたがいを知らないし、おたがいちがう一人として、おたがいおなじ一人であるにすぎない。誰も誰にたいしても、特権をもたない。街の日々をつくってきたのは、無名の自由だ。
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買い物はしない。荷が重くなってしまう。誰に、何を、いくつ買うか、そのために歩かざるを得ない不自由さ。
食べることには、貪欲だ。地元の食堂、屋台、特にセブンイレブンにはお世話になった。毎朝のお粥(肉団子入りジョーク)は40B(写真下)。いつのころからか、店員さんの6割くらいがヒジャブを被ったムスリムの女性になった。彼女たちの誠実な笑顔に癒される。
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1916年竣工の「フアランポーン駅」(正式名「バンコク駅」)は、ドイツのフランクフルト駅をモデルに設計されたドーム型駅舎。100年以上にわたり、バンコクの中央駅として機能してきた。昔、ヨーロッパで初めて乗った列車がフランクフルト発。あの日の記憶が瞬時によみがえる。
2023年1月、中央駅の地位は新たに完成したクルンテープ・アピワット中央駅に移譲され、現在は、わずかな本数の列車が発着するローカル駅と化した。昔のSLなどを展示する同じ空間から、古びた列車がじかに発着する様子をしばらく眺めていた。
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1788年、ラーマ1世が法を学ぶ僧侶たちのために建立した王宮寺院「ワット・ポー」。正式名称は「ワットプラチェトゥポンウィモンマンカラーラーム」、漢字で書くと「涅槃寺」。
全長46メートルに及ぶ巨大な黄金の涅槃仏はあまりに有名。像の足の裏は螺鈿細工で仏教の世界観を現す。公開されている面積だけで東京ドーム約1個分の広さ。青い空を突くように伸びる塔を眺めるだけで、気持ちが澄んでくる。
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円安、バーツ高に加わって、この国も物価高。Agodaで予約したホテルは1泊3500円程度。コロナ前より2-3割高くなっている。年を重ね、ドミトリーは面倒になってきた。狭くても、ベッドが一つ、トイレとシャワーがあればよしとする。
安いホテルでは、セキュリティーボックスが部屋にないことも。そんなときは、百均で買った自転車用の鍵で、荷物を椅子やテーブルに括り付ける(写真下)。置き場所は、ドアを開け、なるべく目に入らない場所。掃除の作業中、そっと他人に入られ盗難にあうケースは少なくない。現金やカードの半分は、フロントのセキュリティーボックス。貴重品は常に分散して保管するのが、一人旅の原則。
蛇足になるが、今回の荷物はリュックではなく、キャリーバッグとした。しかも、身体への負担が軽くなるよう、直行便ではなく乗り継ぎ便。往復ともに乗り継ぎ空港内で過ごす3時間前後、荷物を背負わなくていいよう、機内持ち込み可能な7キロ以内に収める――などの配慮をしたつもりだった(乗り継ぎ便を使う場合、原則、スルーバゲージにはしない)。カメラも一眼ではなく、片手におさまるSONY・RX100MⅢとスマホだけ。
しかし、移動がスムースだったのは空港内だけで、段差、階段だらけの街なかでは、キャリーバッグなど、負担にしかならなかった(散策時は330円リュックを使用。へなへなで軽く重宝した)。容易に想像のつくことだったのに、結果、大失敗。旅の基本は、両手を空けること。
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都心に戻る。オート三輪(写真最上)を貸し切って中心部、主に裏町を回る。3時間で200Bに値切った。あとはBTS、MRTを使う。MRTはVISAタッチも使用可。
風景が記憶の中に、どんな長い影を残していくのか。観察する力と空想する力は比例する。旅に与えられるのは、結末ではなく、いつも、はじまり。
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高架下には、たくさんのホームレスがいた。身体に障がいを持った方々が大半だが、今回、いちばん目立ったのは乳飲み子を抱えた母子。埃や泥にまみれ、汚れ切った小さな身体を母親にだらんと預け、しくしくと泣き続ける赤ちゃんの姿を目にするのはつらかった。
街にはクリスマスソングが流れ、日本のゼネコンが建てた巨大ビルディングの前に、大きなツリーがきらめいている。街を流れるクルマやバイクの大半も日本製。金髪の若いファランたちが、ホームレスの母子の横を足早に通り過ぎていく。
通りから少し奥まったところにある教会から、ゴスペルが聴こえてきた。地面を揺るがすような女性たちの野太い声が宵闇に響き、言葉の束はビルの間を縫って夜空に溶けていった。
祈りのなかにあるのがきっと、ほんとうの言葉だ。すべての誰かが、いつまでも安寧でありますように。
Merry X'mas and God bless you!