言葉と記憶の小径。

D's Diary./The long and winding path of my own choice.

求不得苦。

先日、買い物に行くときのことだ。交差点向こうの歩道にぺたりと座って、声を上げて泣いている男性がいた。 年は50代くらい。よく見ると、腕のなかに犬がいる。クルマにはねられたらしく、虫の息の犬を抱きしめながら、懸命に名前を叫んでいる。 時折、腕で…

虹になる言葉───「矢沢宰 詩集 光る砂漠」。

初めて「光る砂漠」(童心社)を手にしたのは高校の図書館であった。21歳で夭逝した矢沢宰の詩集である。 2週間おきに借り換えを繰り返し、ほぼ3年間、自分の手元に置いた。カードが自分の名前だけで埋まっていくのが、少しうれしかった。どうして買おうと…

Circle Game

Buffy Sainte-Marieのレコード「Circle Game」がいまも手元にある。映画「いちご白書」(1970年 米)の主題歌だ。 学生運動の映画だったが、通しで2回観ても、さっぱり訳がわからず、警察に抵抗する学生ってカッコいい…というくらいにしか思えなかった。た…

3Pの世界。

初めてカメラを手にしたのは、小5のときだった。父が駅の近くのサトウカメラで24回月賦で買ってきた。「ミノルタハイマチック7s」という名前ははっきりと覚えている。レンズはロッコール48ミリと限りなく標準で、F値は1.8。悪くないカメラだったはずだ…

Strange Fruit

バイトが終わって帰途につくのは、いつも終電一つ前の電車だった。アパートに帰る前に、駅を隔てた反対側の小路にある「味末」に立ち寄り、アサヒのスタイニー1本と焼きそばを頼むのが、バイトのある日の楽しみだった。この2つを頼んでも、近所の中華食堂…

喫茶去。

〇日 息子が小学生の頃から育ててきたビワがある。買ってきた果実からとった種を鉢に植え、何年もかけて1メートルくらいの背丈にした。元気のよさそうな葉をとり「ビワの葉エキス」を作ってみた。自然食の本に書いてあった。 1.古くてかたくなったビワの葉を…

10年、もしくは14年。

〇日 A先生から電話。いつもの先生らしく、電話の向こうで慎ましやかに微笑んでいるのが感じ取れる。 あからさまな正論やイデオロギーを振りかざす人は少なくないが、幸い、その類の人にはあまり縁がなかった。背中をそっと押してくれる方々に恵まれてきた。…

きっと、そうなのでしょうね。

〇日 街なかの大型書店。開店して何年もたつのに、入るのは初めて。書店に限らず、大きな施設はどこも苦手。 分野ごとに整理された2メートル高ほどの棚が、両面3列、ずーっと奥まで並んでいて、本の海みたいに見えてくる。こんなところから、1冊選べる人…

手。

〇日 初めて訪れる家で、つい、じっと見てしまうのは、その人の目と本棚、その人の手。黙していても、目が本質を語ってくれることもあるし、本棚には、その人の生き方の欠片が見え隠れしている。手はその人の職業、歴史を物語る、もう一つの顔。 先日お会い…

大丈夫。

何かで困ったり、悩んだりしたとき、おまじないのように「大丈夫、大丈夫」と唱える癖がある。子どものころ、父の布団のなかでよく聞いた寝言が根っこにあるようだ。Aさんから電話。家族の病気が心配、経営の先が見えないなどなど、ちょっとした愚痴が続いた…

我慢の坂道。

〇日 リノベーションの物件、撮影。以前は三脚を立て、ファインダー内で丁寧に垂直をとり、マニュアルに切り替えて露出を補正。レリーズを操って、じっくりと撮影をした。歪曲収差に優れた高価なレンズを使うなど、お金もかかった。 しかし、最近のデジタル…

異国から来た人たち。

テレビで「泣きながら生きて」というドキュメンタリーを見たことがあった。見終わったあと、朝刊のテレビ欄に載った番組評を切り取り、クリアポケットに入れ、いまもノートに挟んである。忘れたくなかった。 中国・上海から日本に働きに来た男性と、母国で暮…

無音ではなく、静寂。

建築家のAさんとお会いする。ふとしたことから、音の話になった。5メートルほど裏手に、蒸気機関車が走る鉄道官舎で生まれ育ったことを話したら、Aさんの生家の裏手も駅だったという。夜中に轟音をたてて走る機関車の音は雑音ではなく、むしろ静寂さを感じ…

半分コ。

国道沿いに、大判焼きの小さなお店があった。お店の前を通ると、おしるこをこがしたような芳ばしい香りがして、口のなかはいつも、3日も餌にありつけないノラ犬みたいに、よだれでいっぱいになった。小学3年生のときのこと。アベ君と一緒にお店の前を通り…

いくつかの場面。

昼休みは、ラジオと決めている。が、どんなに静かな語りでも、人の声はやがて頭が痛くなる。 昔の音楽がいい。演歌であろうが、歌謡曲であろうが、そのまま流していても気にならない。のんびりとしたこの時間は、一日のなかでも貴重なリラックスタイム。河島…

時間という養分。

農産物は自然の営みが作るもので、人間はちょっとした手助けをすることしかできない。味噌、しょう油、納豆などの発酵食品も、本来は自然のなかに存在する酵母や菌と時間との相互作用で完成される。大手の食品会社で話をうかがったことがある。味噌もしょう…

物語。

親しい人との待ち合わせは、本屋さんと決めている。少し早めに行って棚を眺めることができるし、相手が遅れて来ても、立ち読みをしていれば、時間など気にならない。どんな人がどんな本を、どんな顔で見ているのかを眺めるのも好きだ。 大きな本屋さんは苦手…

弱さ、脆さ、強さ。

〇日 カミさんは、1週間の出張。ネコの「ハルちゃん」と留守番。家事全般は嫌いではないので、不便はない。 05時起床。毎朝、寝室から出たところでお行儀よく座って待っている「ハルちゃん」に餌と水。保護ネコのくせして、動作のすべてに品がある。神棚、仏…

「ちいさいおうち」。

絵本を読むときの時間は、マンガをめくるときに流れる時間とは少し違う。ページをめくるまでの時間、めくるその指が感じている紙の質感、紙からに立ち上る匂いも、みんな違う気がする。 よほどの絵本好きでなければ、人生の中で、絵本にふれる時間は、他の書…

音。

近くに中学校がある。以前は、授業の前後のチャイムの音や生徒たちの声が聞こえていたが、最近、聞かなくなった。 近所の人の話では、子どもたちの声がうるさいと、中学校に苦情が寄せられたという。そんなあ、といった気持ちで聞いていたが、除夜の鐘も騒音…

解体。

実家の処分をお願いしている建設会社から写真が届いていた。同社のAさんがメールで送ってくれたのだ。49坪の土地に、18坪の建物。鉄道官舎から引っ越した後、55年間、世話になった土地と家であった。 18歳まで住み、その後は何度となく帰省してきた家でもあ…

名言。

〇日 お盆。義父三回忌、母一周忌。確かにいた人が、確かに、いない夏。義父は地元の墓園に葬った。母の遺骨は、700キロ以上も離れた遠い地(寺院の骨堂)に置いてある。今朝、デスクのひきだしを開ける。施設にいたころの母の写真が数枚。いつもきれいに髪…

「ニュー・シネマ・パラダイス」=自分のすることを愛せ。

本や映画の好みは、 その人がそのとき、 置かれていた環境や思いに 大きく左右されるだけに、 安易に人に 薦めることは避けてきました。 それでも、何百と観た映画の中で 自分の中の ベスト1を挙げるとすれば、 迷うことなく、 この映画を挙げます。 映画好…

「深い河」。

■ 英語でベナレス、ヒンドゥー語ではバラナシという。首都デリーから南東に約82キロ。ヒンドゥー教最大の聖地であり、インド各地から年間100万人を超える巡礼者が訪れる。 街を流れるガンジス河畔は「大いなる火葬場」として知られ、1日に100体近い…

営業戦略十訓。

広告会社に勤めていたA君から「(広告)営業戦略十訓」というものを教えてもらったことがある。「内緒ですよ」という話だったが、本人の目の前で検索するとたくさん出てくる。「みんな、この輪の中に組み込まれているんです」。ちょっと怖い話だが、その「十…

ゴミ拾いのおじいさんと雑種の犬。

毎夕、雑種の犬を連れて散歩をしているおじいさんがいる。おじいさんはいつも片手に大きめのレジ袋を持って町内をぐるりと回る。袋のなかには、空き缶やペットボトルなどのゴミ。おじいさんのエコバッグだ。 ゴミを拾う理由を、聞いたことがあった。「1周3…

「一挨一拶」(いちあい いっさつ)。

〇日 これまでの制作物の大半を捨てる。長い間保管していた、数百枚に及ぶポジフィルム(スライド)、ポジフィルム用ビューウァー・拡大鏡など。古い椅子、キャビネットの引き出しの中の書類、伝票類もぜーんぶ捨てる。本棚を眺めて、不用な本を数十冊、紐で…

海の上、あるいは砂の中。

■ 渡航船で拾われ「1900(ナインティーン・ハンドレッド)」と名づけられた赤ん坊は、そのまま船員たちに船の中で育てられ、やがて天才ピアノとして成長する。 生涯一度も陸へ降りることはなかったが、降りようとしたことが、一度だけあった。 陸地に降…

夢の話。

仕事の帰りに立ち寄った、どこかの湖畔の古い旅館。厨房らしきところの少しだけ開けられた窓から白い蒸気がゆらゆらと立ち上っている。 まだ営業しているんだ。そう思って正面玄関からホールに入ると、コックさんの白い制服を着たAさんが笑顔で迎えてくれた…

「マローンおばさん」。

ここで生きながらどこかを求め、誰かといながら孤独を感じる。そんなことが、よくあります。あなたのほんとうの居場所は、と問われて黙り込んでしまう人は、どれくらいいるでしょう。自分もその一人。そんなとき、闇に覆われた心にぽっと灯りをともしてくれ…