言葉と記憶の小径。

D's Diary./The long and winding path of my own choice.

営業戦略十訓。

広告会社に勤めていたA君から「(広告)営業戦略十訓」というものを教えてもらったことがある。「内緒ですよ」という話だったが、本人の目の前で検索するとたくさん出てくる。「みんな、この輪の中に組み込まれているんです」。ちょっと怖い話だが、その「十訓」とは以下のとおり。

 

1.混乱をつくる。

2.捨てさせる。

3.無駄遣いさせる。

4.季節を忘れさせる。

5.贈り物をさせる。

6.きっかけを投じる。

7.コンビネーションで使わせる。

8.流行遅れと錯覚させる。

9.気安く買わせる。

10.もっと消費させる。

 

といった内容だが、この戦略、見事としかいいようがない。思わず、本人の前で拍手をしてしまった。

 

あらゆるモノが市場にばらまかれ、残ったモノ、使えなくなったモノは膨大な費用をかけて地中や大気中に隠されてしまう。そしてまた、生産と消費が繰り返される。経済の循環が生まれ、その隙間でメディアや広告会社が利益を得ていく。

 

A君は「これも、内緒です」といって「十訓」にのせられないコツを教えてくれた。

 

「消費者に、〇〇があったら幸せなのに…と思わせたら、この戦略は成功なんです。でも、人間にとって、こんなふうに思っている時間が、実は、いちばん幸せから遠い。〇〇がなくても生きられるという自信を積み重ねていくと、生きることが少しずつ楽になっていきます。生産と消費の循環も、少しは変わってくるんじゃないでしょうか」

 

へえ、ほお、はあ、なるほどねえ、と感心してばかり。自分よりずっと若いのに、世の中の仕組みをきちんと理解している。取りあえず「十訓」に、できるだけ反対側の行動で臨むことを決めた。A君はその後、広告会社を辞めて実家に戻り、農業を継ぐことになった。

 

一つのケーキを2人で分ければ、1人の取り分は2分の1になる。仕事より趣味に没頭すれば、収入は減少。品質優先では生産性は下がり、生産性を優先すると品質は落ちる。消費を減らすと、生産が減り、失業者が増える。

 

このような差し引き関係を「トレード・オフ」という。一方を立てれば他方が立たずという「両立不能」な関係でもある。一生で使える時間とエネルギーをどう配分するか。進化生物学では、このことを「生活史戦略」というそうだが、人生はまさに「トレード・オフ」と「生活史戦略」の繰り返し。

 

これらの思考や戦略は、日常のあらゆる場面で直面する。お酒を飲み過ぎたら二日酔い。仕事を山ほど片づけた翌日は、おおよそほうけたままで1日が終わる。いやな仕事を我慢して続けると、健康を損ないやすい。受けた傷から逃げようとすればするほど、孤独が深まる。恩に報いようとすればするほど、背負うものが増えていく――などなど。

 

整合性が感じられない、こうした堂々巡りを受容したり、俯瞰(ふかん)できるキャパを持てるようになる頃、今度は「老い」や「死」が現実味を帯びてくる。ずっと昔に読んだムーミンの物語の中で、ハードボイルドなプロの悪党・スティンキーがこんなことをいっていた。

「なっ! 心の痛みは商売になるのさ」