注文していた椅子が届いた。イトーキというメーカーの製品である。この会社、1890年創業の老舗オフィス家具メーカーで、高い品質と洗練されたデザインは海外でも人気という。北欧の家具より安価で、という前書きが付くが、自分にとっては、この価格では満点の座り心地。コスパの高いモノづくりはいかにも日本の老舗メーカーらしい。
ドイツ製のクルマ用シート「RECARO」を使ったことがあった。1906年、馬車職人だったヴィルヘルム・ロイターが馬車メーカーとして創業したメーカーである。背中から腿、腕まで、身体をほどよい硬さで包まれるあの感触を体験した者は、生涯、ほかのシートに満足できないといわれる。当時、クルマを使った遠出が多く、ひどい腰痛で苦しんでいた。通っていた整形外科の医師に、月に3000キロも走るのだったら、こんな椅子もあるようだけど、という話を信じて購入したのだった。
27万円。30年も前の価格である。当時の自分には不相応の高価なものだったが、腰痛がつらく、藁にもすがる気持ちで買うことにした。が、奇跡が起きた。この椅子で運転を始めてわずか1週間で、腰痛が全快したのだ。
以来、クルマを買い替えるたび、新車の椅子をはずしてもらい「RECARO」を載せ替えた。レール交換など費用は別途かかったが、高いとは思わなかった。自分の身体を支え、守ってくれるという意味では健康器具でもあった。最後は座面の布が破れ、一部のウレタンが見える状態になったが、17年間、乗り心地は変わらなかった。最後の最後はカーショップで引き取ってもらったが、1万7000円の値が付いた。
ドイツには、こんな製品が少なくない。筆記具のペリカンやモンブラン、カメラ・レンズといえばライカやカール・ツァイス、クルマではフォルクスワーゲンやメルセデス・ベンツ、BMW。世代を超えて受け継がれるデザイン性と耐久性を有するメーカーが多いのは、実直なドイツ人気質をうかがわせる。
ライカを使う友人は「安易にライカにふれてはいけない」が口癖だ。一度ふれたら、質感、重さ、デザイン、シャッターを切る音まで、生涯忘れることができず、ライカしか使えなくなってしまうからという。そんなアホなと疑いつつ、ふれさせてもらったことがあった。けっして大げさではなく、たった一度の体験で、重さも質感もフィルムの巻き上げ音まで、それら全てが自分の五感に刻まれる。このことを「ライカ菌に感染する」という人もいるそうだ。
日本では、長い間、コスパの高いモノづくりをしてきたはずだが、すでにMade in Japanを誇れる時代ではなくなった。専門家は、高価でも長く使える製品を、と当たり前のようなことを述べる。高価なのものが質が高いのは当然のこと。わかっていても、それができないのが、おおよその日本人の慎ましさでもある。
「RECARO」のような思い切った買い物は、今生では、もうできそうもない。買い物のときには、500円のものでも1000円のものでも、コスパ、コスパと念仏のように唱えて買っている。