言葉と記憶の小径。

D's Diary./The long and winding path of my own choice.

2023-01-01から1ヶ月間の記事一覧

月に一度か二度「醒めたくない夢」を見る。そのまま夢の世界に、留まっていたいような夢。2週間前は大仏の胡座(あぐら)のなかに自分がすっぽりと収まり、あまりの心地よさに夢から醒めてもまた、布団に入り直したほどだった。大仏は、亡くなった父だった…

生き延ぶるわざ

〇日 誰かが読むと分かっている以上、 どうしても、カッコをつけたくなってしまうのが人情。 少しでも、上手に思ってもらえる文章を書くつもりで書き始めると 途端に気重になって、今日は休もうかと考えてしまう。 この繰り返し。 過去の記事を整理するとい…

深刻と真剣

一昨年、京都でお世話になった方から、丁寧な手紙をいただいた。なかに一遍の詩があった。友来たり父大好きに花添えし旅立ち後も心温め置き土産結婚して間もなく、ご主人が大けがをして入院。お父様が亡くなって間もなくの頃だった。退院するまでの数年間、…

上昇下降

2年前まで取り引きのあったA社が倒産したことを知人からの電話で知った。おつきあいのある会社が倒産したのは、これで8件目。どの会社の社長とも一度や二度ならず宴席をともにし、幾度となくその夢をうかがった。 夢を語るとき、誰もがみんないい目をした…

高木恭造とやなせたかし

● 古書店に行くのが好きです。全国チェーンの大型店から、街角の、開いているのか閉まっているのか分からないような個人経営のお店まで、近くを通るとふらっと身体を引き寄せられ、店の中をぐるぐる見て回るのです。ただし、長居は好きではなく、10分で棚に…

して返したこと

もう20年以上も前、関東のとある山里で「内観」を受けたことがあった。仏教でいう「身調べ」の流れを汲み、少年院や刑務所の一部でも採用されている仏教修養の一つである。 道に迷っていた時期でもあった。その頃ちょうど、尊敬するジャーナリストのAさんも…

木は しずかな ほのお

足元が寒くってしようがない。去年まで、真冬も夏用の靴下で過ごしていたのが嘘のようだ。この冬は、近所の「むかわや」で買った3足セット980円という「遠赤靴下」が欠かせなくなった。寒波が来ているせいもあるが歳を重ね、体温そのものが下がってきた気が…

喪失の家

小一時間、撮影をし、話をうかがっただけなのに帰り際「この本をもらってくれませんか」と分厚い花の図鑑を手渡された。 3年前のことである。奥様も「よかったら、もらってあげてください」と、ご主人の傍らで微笑んでいる。本棚にあった本を、素晴らしい本…

嫉妬──テルオ君のこと

手元に小学1年生のとき、クラスで撮った一葉の集合写真がある。遠足かなにか屋外の行事のときのものだ。そこに一人だけ、春か夏というのによれよれの黒いセーターを着た、虎刈り頭の子どもが写っている。テルオ君である。テルオ君はいつも青っ洟をたらして…

ミラーのサングラス

待ち合わせは13時、テレビ塔の真下。約束の時間きっかりに、A子ちゃんはやって来た。2人で会うのは3年ぶりのことだ。美容師さんらしい、はやりのショートカットに水玉のワンピース。全身おしゃれさんでいかにも都会の女性、オトナの女って感じ。自分といえ…

ある姉妹 国境を隔てて

韓国の日系夫人保護施設を訪ねたことがあった。戦前あるいは戦中に韓国人と結ばれ朝鮮半島に渡ったものの、終戦後、自らの意志で帰国船に乗らなかった女性たちが、やがて孤独の身となり、保護され、身を寄せながら暮らしている。日本にいる親兄弟とは、ほと…

手紙

数日前、我が子を亡くしたばかりの母親に会った。その翌日、2年前に我が子を亡くしたという別の母親から手紙を受け取った。久々に見る手書きの手紙。細いボールペンで、一文字一文字丁寧に書かれた文字が便箋3枚にぎっしり埋まっている。「この頃、仏壇に…

思い出さなければならないほど忘れている

空路で大阪に入り、そのまま奈良・A市に向かう。午後から和歌山・B市のC社。翌日は大阪市内。 この間、D社大阪支店のE支店長、建築士でインテリアコーディネーターでもあるF子さんのお二人にはスケジュールの段取りから運転、食事にいたるまでお世話になった…

「見るまえに跳べ」と刹那

歌を聴いて初めて泣いたのは岡林信康の「山谷ブルース」だった。69年録音のLP「わたしを断罪せよ」に収録されている曲である。当時はまだケツの青い子ども。生意気にも、この曲を聴いて、大人になってからは労働者として生きることを決意し、翌年に発売され…

小さなお客さん

国道沿いに、大判焼きのお店があった。小さな大判焼きのお店だった。 店の前を通ると、おしるこを少し焦がしたような芳ばしい香りがして口のなかはいつも、3日も餌にありつけないノラ犬のように、よだれでいっぱいになった。小学3年生のときだ。アベ君と一…

人生は「ちょうど良い」

お前はお前でちょうど良い。顔も体も名前も性もお前にそれはちょうど良い。 貧も富も親も子も息子も嫁もその孫もそれはお前にちょうど良い。 幸も不幸も喜びも悲しみさえもちょうど良い。 歩いたお前の人生は悪くもなければ良くもない。お前にとってちょうど…

あ・げ・る

〇日 9:40から16:30まで、3つの老健施設を回る。 歌の時間、工作の時間、食事の時間…。 どの施設でも、どの場面でも、ほとんど全ての老人に表情がない。 遠目に眺めると(失礼ながら) 車椅子に乗ったクラゲが広いフロアに、 ゆらりゆらりと浮遊している…

子どもの目線

本棚に、1冊の詩集がある。昭和30年代、日本のチベットと称された岩手県北上山系の山間に暮らした子どもたちの詩である。 時折開いてみては、子どもの目線に感心しながら読み返してしまう。何度読んでも、何年たっても、飽きることがない。 =しんでしまった…

犬の腹痛と旅人のはなし

〇日 撮影現場で、小さなかわいい犬が2匹、出迎えてくれた。 雑種しか飼ったことがないので、犬種は知らない。 飼い主の方が「近頃、元気がない」という。 そういわれれば、2匹とも、どことなく沈んだ表情。 「犬の腹痛(はらいた)」という言葉がある。 犬…

Tさんの謄写版

Tさんの会社に行ってきた。明日の葬儀には行かないことに決めた。朝まで眠らず、自分なりの、お別れをした。経理部長に欠礼を侘びる。部長は「T社長、最後にお話しできたこと、すごく歓んでいました」といった。Tさんが座っていた机を、ちらっと見る。いつも…

世辞と世間

● 三つ心、六つ躾、九つ言葉、文十二、理(ことわり)十五で末決まる。江戸の町衆たちに伝わっていたという子育て方法である。言葉遣いには特に厳しく9歳までには「こんにちは」のあとに必ず「お暑いですね」といった一言を加えよと、教え込んだ。この一言…

ひこうき雲

ワダさんの、大きなお尻と大きな胸と大きな目が大好きだった。なぜかいつも頬が赤く染まっていて、男子が話しかけたりすると、その頬はトマトみたいにいっそう赤くなった。笑うときは少しだけ顎をひいて上目遣いに人を見つめながら、目を細めて微笑んだ。勉…

【deadline】=捨てる仕事

長くて1時間。早いときには15分。平均にすると40分。平均的な取材時間。編集者として取材に行くときはまた別だけれど書き手としての取材では、基本的にデザイナー(ディレクター)、カメラマンも同行してほしくない。一刻も早く取材を終え、帰ってすぐに原…

Tさんの思い出

この町に来て最初に仕事をいただいたのが「T」さんだった。新聞社、放送局を廻っては「うちではフリーのライター、編集者など使ったことがない」とのきなみ断られ、落ち込んでいた矢先のことであった。印刷会社から仕事をもらうことなどそれまで考えてもみな…

Varanasi (Benares)

デリーとカルカッタの中間に位置するヴァラナシ(ベナレス)は、ヒンズー教徒が死ぬまでに一度は訪れたいと願うヒンズー教最大の聖地である。 ガンジス河で沐浴し、現世での罪を洗い流し、身を清める。この地で死を迎えたいと願う人も多く「死を待つ人の家」…

何百何千の試み

日本洋画の黎明期から第一線にあり花を多く画布に刻んだ女流画家・三岸節子。 手元にある花の画を改めて見ると花の生命をいったん自分に透過させ、画布に永遠に封じ込めた凄まじいエネルギーを感じさせる。それはまさに「私じしんのみた、感じた、表現した、…

時間の養分

農産物は本来自然の営みが作るもので人間はちょっとした手助けをするだけである。味噌、しょう油、納豆などの発酵食品も本来は自然のなかに存在する酵母や菌と時間との相互作用で完成される。大手食品会社の取材をしたことがあった。味噌もしょう油も塩辛も…