言葉と記憶の小径。

D's Diary./The long and winding path of my own choice.

ひこうき雲

ワダさんの、大きなお尻と大きな胸と大きな目が大好きだった。
なぜかいつも頬が赤く染まっていて、
男子が話しかけたりすると、その頬はトマトみたいにいっそう赤くなった。
笑うときは少しだけ顎をひいて
上目遣いに人を見つめながら、目を細めて微笑んだ。

勉強は、クラスでいちばん。
誰とでも同じように会話をし、かといって誰とも群れることをせず、
それでいて、孤独には見えない女の子だった。
挨拶を交わすだけで
私の頬はワダさんに負けないくらい、真っ赤になるのがわかった。

そんなワダさんが、ある日突然、学校に来なくなった。
担任の先生は「病気のようだ」とだけ、いった。

それからわずか2週間か3週間たった日のこと。
朝のホームルームの時間、
教室に入ってきた担任の先生の手に、白い花束があった。
先生は教壇に立って、静かにこういった。

「ワダさんが亡くなりました」

急性白血病
「病気のことを、みんなには黙っていてほしいと、いわれておりました」
何人かの女の子が、突然、ワッと泣き出した。
ワダさんの机に白い花束を置いた先生が、そのとき初めて大人に見えた。
この日まで、クラスの誰一人として、ワダさんの病気を知る人はいなかった。

何気なく目を向けた窓の外に、真っ青な空があった。
まあるい白い雲が、
ぽっかり、のんきに浮かんでいたのを覚えている。
高校2年のときのことである。

カーラジオのFMで荒井由美の「ひこうき雲」がかかっていた。

♪ 
白い坂道が空まで続いていた
ゆらゆらかげろうが あの子を包む
誰もきづかず ただひとり
あの子は昇っていく
何もおそれない そして舞い上がる
空に憧れて 空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲

高いあの窓で あの子は死ぬ前も
空を見ていたの 今はわからない
ほかの人には わからない
あまりにも若すぎたと ただ思うだけ
けれど しあわせ
空に憧れて 空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲 


空に、ワダさんの姿を探した。帰ったら、ワダさんに手紙を書いてみようと思った。