言葉と記憶の小径。

D's Diary./The long and winding path of my own choice.

2023-02-01から1ヶ月間の記事一覧

ツララ

お日さまの光が、日一日と力を増して屋根の雪をとかし始めるとそれまでカチカチに凍って軒にずらり並んだツララも、ゆっくりととけ始める。 それぞれの矛先には、小さくかわいい滴。光がその一粒に集まると、どんな宝石よりもきれい見えるから不思議だ。 ツ…

星座

〇日 年をとるたび、時間が早く過ぎていくというのはほんとうらしい。 60歳の1年は、10歳の1年の6分の1の速さで 過ぎていくのだそうだ。 歳月の流れる速さは、年齢に比例するという。 フランスの心理学者ピエール・ジャネが唱えた「ジャネの法則」。 そ…

【海の上のピアニスト】=88鍵の「なぜ」

好きな映画の一つに「海の上のピアニスト」がある。原題は「THE LEGEND OF 1900」。好きな映画のベスト3に入る「ニュー・シネマ・パラダイス」と同じジュゼッペ・トルナトーレ監督の作品だ。音楽も同じエンニオ・モリコーネ。大西洋を航行する船の上で生れ、…

「ASK」と「LISTEN」

〇日 10:00、A社。撮影機材一式を持参したが、撮影はなし。話だけうかがう。ふだんから腕時計をしないので、相手の背後にある壁掛け時計を時折確認し、60分きっかりで終了。きちんと「聴く」ことができただろうか。昔、先輩に、よくいわれたことがあった。 …

湯たんぽとストーブと父の布団

昨夜の遅くから降り続いた雪は今朝になっても降り止まず、昼過ぎまでに20センチ以上も積もって、地面を再び白色で覆い隠した。昨日の昼には、家の前の道路もすっかり露出して灰色だったのに、やはり厳寒の2月。いまが、冬の頂上。 北海道では、こんな程度の…

「大丈夫」という愛語

何かで困ったり、悩んだりしたとき、おまじないのように「大丈夫、大丈夫」と唱える癖がある。子どものころ、父の布団のなかでよく聞いた寝言が根っこにあることに、最近になって思い出す。Aさんから電話。家族の病気が心配、経営の先が見えないなどなどちょ…

夜の会話

人の話を黙って1時間聴く。無言のまま、パソコンや紙に向かってひたすら書く。ただ聴くだけ、ただ書くだけ。そんな日々。誰かとふつうに会話がしたいという希求は常に自分のなかにある。が、そんな誰かを思い浮かべると、ほとんどが亡くなった人たちという…

過去を忘れた人

確か、2006年の秋のこと。テレビで「泣きながら生きて」というドキュメンタリーがあった。番組を見終わってから朝刊のテレビ欄に載った番組評を切り取り、ノートに大切に挟んである。上海から日本に来た男性と、離れて暮らす家族の日常。娘に高等教育を受け…

床屋さんで鼻血

子どもの頃の、床屋さん。大人たちがみんなそうするように顔剃りのときに眼をつぶるのが、なぜか恥かしかった。両眼をぎっと開けたまま、倒れた椅子に横たわる。若い見習いのお姉さんがいた。顔に覆い被さるようにして肌に剃刀をあてる。両眼からわずか数セ…

掌(たなごころ)

〇日 建築家のAさんとお会いする。ふとしたことから、音の話になった。 わずか5メートルほど先に蒸気機関車が走る鉄道官舎で生まれ育ったことを話したら、Aさんの生家のすぐ裏手も駅だったという。夜中に走る機関車の音は決して雑音ではなく、音の原風景。…

見えぬものこそ

湾岸線が緩やかな弧を描き、静かな波が繰り返し繰り返し、浜辺に寄せている。 海に面して、古い木造の駅舎があった。天井は高く、四方の壁に巡らされた真四角の大きな窓から淡い光が、駅舎のなかに射し込んでいる。 駅舎のはずなのに、人や汽車の気配はない…

花を「いける」

花道家から、こんな話を聞いたことがあった。 「自然のなかの一瞬一点を、自分の姿として切り取る。それが花を『いける』ということ」 花の造形。そこには、自分自身の投影がなくてはならない、というのだ。 「生かす」ではなく「いける」。 なんとも奥ゆか…

フリーダ、夢は描かない

肉体は真っ二つに裂けている。身体を支える石柱は、いまにも崩れそうだ。裂けた肉体をつなぎ止めるのは金属製のコルセット。背後に描かれた大地は切り裂かれ、頭上に広がる真っ青な空──。 フリーダ・カーロ、37歳の自画像「折れた背骨」である。あまりに残酷…

正論と愛と味わい

〇日 車道は乾き始めているが、 舗道にはまだ20センチくらいの雪が積もったままだ。 昼下がり。 仕事に飽きて、階段に座って、ぼやんと外を眺めていた。 ちょうど小学生の下校時。 子どもたちは雪道を むしろ歓びながら、長靴で足踏みしつつ 舗道に細い道を…

津軽。

19歳の春。津軽半島から下北半島まで、10日間ほど旅したことがあった。 記憶は定かではないが、北海道の実家から函館までは急行列車で6時間あまり。そこから連絡船で青森へ4時間。 青森に着いてからは鈍行列車やバスを乗り継いで弘前、五所川原、嶽、蟹田、…

カムサムニダ

少しの間だが、京都で働いたことがあった。昼休み、毎日のように散歩したのが青龍院や知恩院の境内。時間があるときには円山公園を抜け二年坂、三年坂をのぼって清水寺まで足を伸ばす。蹴上まで行き、南禅寺や哲学の小径をたどるのも好きだったが、いつもの…

栞(しおり)

周囲の評判もそれなりによくって、学歴や地位の高い人でもどうにも苦手な人はいる。街や土地にも同じように自分との相性のようなものがあって、一度訪れただけでまた来たいと思う街もあれば、たった5分いただけで、金輪際訪れたくない街もある。旅の途中、…

我慢の坂道

〇日 リノベーション物件、撮影。 以前は、三脚を立て、 ファインダー内で丁寧に画面の垂直をとり、 マニュアルに切り替えて露出の補正をし、 レリーズを操って、じっくりと撮影してきた。 これ以外の方法はなかったが、 最近のカメラは、やたらと高感度時の…

耳果報

〇日 気温や室温の「あたたかい」には「暖かい」の文字を充てる。 コーヒーやミルクなどの液体は「温かい」。 気持ちの「あたたかい」は、「暖かい」ではなく「温かい」。 どうやら人の気持ちや心は、液体扱いのようだ。 午後、A社のBさんとC子さん、ひょっ…

ドスとチッチと卒業式

卒業式。中学生とはいえ、卒業前からその筋の世界に入り特攻服のような姿で出席する先輩たちも少なくなかった。炭鉱町特有の社会の序列があった。裏の社会の組織や人間たちも表舞台で堂々とビジネスのできた時代。彼らの卒業式は同時にその道の入学式を兼ね…

横断歩道で拍手

信号が赤に変わって、横断歩道の前でクルマが止まった。片側に、少し腰の曲がったおばあさんが、傘を杖代わりにして立っている。反対側に、ランドセルを背負った、小柄な小学生の男の子2人。歩行者が渡る番になって、おばあさんがヨロヨロと歩きはじめた。…

飛沫(しぶき)

高校を卒業する直前まで、四畳半の部屋に、2枚の油絵が飾ってあった。父の弟、つまり叔父の描いたいずれも100号(160センチ×130センチ)の油絵である。飾ってあったというよりは家の中に掛ける場所がなく、仕方なく私の部屋に「置いて」あったに等しい。 1枚…

視野

何年も前を通っていながら、2階建てだと思っていた建物がある日突然3階建てだと気づいて自分の視野の狭さに、愕然とするようなことがある。知人に紹介されて通い続けた「床屋」のつもりが、半年近くもたったある日、店を出て初めて「美容院」であることに…

遅れの神

盛岡発の新幹線で仙台に向かい、小一時間の待ち時間を経て鈍行列車に乗り換え、福島県原ノ町へ(南相馬市)。乗車前。仙台から鈍行列車に乗るのがいやでたまらなかったが、いざ乗ってみるとがら空き。4人席に一人陣取って、靴を脱いで足を伸ばし、沿線の景…

いくつかの場面

昼休みは、ラジオ。どんなに静かな語りでも、人の声はやがて頭が痛くなる。 音楽がいい。演歌であろうが、歌謡曲であろうが、そのまま流していても気にならない。のんびりとしたこの時間は、一日のなかでも貴重なリラックスタイム。河島英五の曲が流れていた…

濃密であること

● 出張。 荷造りはいつも15分で済む。 シェーブローションの補給とカミソリの刃の交換。 整腸剤と風邪薬、ビタミン剤をいくつか持つくらい。 着替えは常に3泊分だけ。 4泊でも、14泊でも、30泊でも、である。 もちろん1泊の場合は、1泊分。 これは日本で…

ライスカレー

テルちゃんは、10歳年上の従兄。生後まだ数か月の赤ちゃんだったときのことだ。ある日、木材を積んだトラックに乗った。運転は近所のおじさんで、テルちゃんを抱いた母親が助手席に座った。 何かがクルマの前を通り過ぎた。 次の瞬間、ハンドルを切り損ねた…

信じられる暮らし

〇日朝、クルマのサイドミラーが凍結。解氷剤をスプレーし、10分ほどでようやく元に戻った。こんなのが毎日かと思うと、本気で南の国に移住したくもなる。遅々として進まぬ仕事も2つ、3つ。かさぶたのように脳裏からは離れず、眠れぬ夜が多くなった。昼のラ…

駅、ホーム

ウーンウーン…というサイレンの音が窓の外に鳴り響くとそれまで教室で居眠りをしていた奴らも瞬時に目を覚まし小さく細かなざわめきが、ザワワと音とたてて、教室の中を駆けめぐる。坑内事故を知らせるサイレンだ。 この時間、自分の親が坑内にいる時間かど…

安宿とchicken

繁華な場所から少しはずれて歩いているうちに道に迷ってしまったようだ。昼には滴るような原色を湛えて見えた路傍の花々が、傾いた日を浴びて、一様にセピア色に見えている。石畳の坂道は、魚類の腐ったような匂いがした。「ホテルなら、そこを曲がったとこ…