言葉と記憶の小径。

D's Diary./The long and winding path of my own choice.

ミラーのサングラス

待ち合わせは13時、テレビ塔の真下。
約束の時間きっかりに、A子ちゃんはやって来た。
2人で会うのは3年ぶりのことだ。
美容師さんらしい、はやりのショートカットに水玉のワンピース。
全身おしゃれさんで
いかにも都会の女性、オトナの女って感じ。

自分といえば汚いジーンズによれよれのTシャツ、肩まで伸ばした亜麻色の髪(当時)に、サンダル履き。そして、この日は、ミラーのサングラス。

ダウンタウンブギウギバンドがデビューしたての頃だった。
曲のノリもさることながら
ミラーのサングラスをかけた宇崎竜童に、ぞっこんだった。
午前中に狸小路の露店で280円の安いのを買って
意気揚々、待ち合わせ場所に向かった。
近視が始まった頃で、
サングラスをすると、世の中がいっそう暗くぼやーんと見えた。
どこかでこけないかと、それだけが不安だった。

「大ちゃん、はんかくさいんでないかい」

 

A子ちゃんの第一声だった。
「はんかくさい」とは北海道弁で「アホ」に近い意味である。

 

A子ちゃんとは、幼稚園から中学校までずっと一緒の幼なじみ。
中2のときだった。
炭鉱が相次いで閉山し始めた頃、幾人もの友人が家族ごと町を去り、
A子ちゃん一家もある日突然、札幌に移っていった。
それから長らく、私たちは文通を続けていた。

好きとか嫌いとか、目を見つめ合って愛を語り合うような仲ではなく、
私たちは大通公園の噴水の前で
焼きトウキビをかじりながら、たわいもないことばかり話して、夕刻、子どもみたいに「じゃあね」といって別れた。
あたりはすでにうす暗くなり、A子ちゃんの後ろ姿はすぐに見えなくなった。
ミラーのサングラスをずっと、かけっぱなしだった。



翌年。
予備校の夏休みで、実家に戻っていたときのことだ。
事前に、手紙で家にいることを知らせていたA子ちゃんから電話があった。


「私、結婚するから」
ご丁寧に、式の日取りまで教えてくれた。
「絶対、来てね」
私は「ああ」とか「うん」とか「はあ」とか言いながら
答えをうやむやにして電話を切り
結局、その5カ月後の式には出席しなかった。

あの日の、ミラーのサングラスのせいだ。

絶対。