もう30年以上も前になるでしょうか。土曜の夕方に欠かさず見ていたNHKテレビの「大草原の小さな家」。その原作「大きな森の小さな家」を安野光雅さんが絵本に描きおろした作品です。
主人公のローラの家の見取り図や家族や近所の人たちなど「物語にでてくる人たち」の絵から始まり、すべてのページに安野さんが監訳したやさしい文章と絵が配され、インガルス一家の暮らしや周囲の自然がよくわかるように編集されています。
※「小さな家のローラ」ローラ・インガルス・ワイルダー /著
安野光雅/ 絵・監訳(朝日出版)
テレビの中の家族の表情や暮らしの場面が浮かんできますが、本の中でのインガルス一家は、安野さんのイメージをフィルターとして透過された世界。それはそれでワクワクしながら絵を楽しみ、読み進めます。
お父さんが撃ったシカがオオカミに食われないように、家の前のカシの木につり下げられていたり、ブタを殺して肉をとるところなど、時代や文化の違いを認めながらも、過酷な自然と闘い、共存しながら生きていくインガルス一家を凝視する姿勢が根底にあることに気付きます。
捕ったシカでも飼っているブタでも、
血の一滴まで無駄にしない
アメリカの開拓者たち、
つまりヨーロッパのひとびとの生活のありかたと、
生き抜くための知恵と、
そこに芽ばえた文化には頭が下がります。
=中略=
「赤ちゃんのシカは撃たない。大きくなってからならいい」
という考え方は、
人間的な優しさなのか、
それとも経済的計算の上なのかと考えると、
わたしたち人間の側にとって大きい問題です。
それらは、文化の、
全く違うところに生まれた、
わたしの感想にすぎません。
(あとがき より)
お母さんが、もうベッドに行く時間ですよ、
と声をかけました。
お母さんはローラとメアリーの着替えを手伝い、
赤いネルの寝間着のボタンをはめます。
ふたりはベッドのわきにひざをついてお祈りをしました。
これらの文章のように、過酷な現実を受け入れながらの暮らしがつづられる反面、家族のなかでの細やかな愛情がそこかしこで描かれ、どの場面も改めて胸に染み込んできます。家は小さく粗末でも、人間はこんなにも自然と共生でき、かたちのないものを育むことができることを学ぶのです。
お母さんはふたりにキスをして、
かけぶとんでからだをしっかりくるみました。
ふたりはベッドに横になったまま、
しばらくのあいだ、
頭のまんなかで分けたお母さんのすべすべした髪や、
ランプのあかりで
針を動かすお母さんの手を見ていました。
針が指ぬきにぶつかって
チンという小さな音をたて、糸が、
お父さんが持って帰った生地を縫っていきました。
宝石のように、きれいな絵と文章です。「あとがき」では「ワナのしくみ、先込め式銃の構造、ドアの掛け金などを説明する図などは、言葉で説明することは大変なので、できる限り調べて入れるようにしました。文章で説明のむつかしいことも、図によれば一挙に解決するからです」と、ただの挿絵ではなく説明図としての図解にこだわったことを告白しています。
これまでも安野さんの絵本は、子どもたちにも、友人たちにも、たくさんプレゼントしてきました。ほんとうをいうと、誰かのためというのは口実で、自分が本棚においておきたかったのです。そして、家族や友人たちの本棚にも置いてほしかったのでした。
1968年、文章のない絵本「ふしぎなえ」で絵本界にデビューした安野さんは「旅の絵本」など多くの作品で海外からも評価されました。数ある著作のなかで好評だったのは「旅の絵本」シリーズ。どこのご家庭にも1冊くらいは本棚にあるかもしれません。
文化が違っても、暮らしの本質は変わらない。
いろんな場所で、
いろんな人が生活している。
そこには人間のドラマがある。
そういう人の暮らしを描き、絵からなにかを感じ、
考えてほしい。
こんな言葉を残して、2020年、安野さんは新しい世界に旅立っていきました。94歳でした。最後にお見かけしたときまで、赤ちゃんのようなかわいい澄んだ目をした人でした。今度の旅先では、どんな絵本を編むのか、気になってしかたありません。