言葉と記憶の小径。

D's Diary./The long and winding path of my own choice.

「林住期」と「ほろび」。

家族を得て、家を建て、少々のお金を稼いで、気が付いたら、この年。果たして自分の人生って、何だったのだろうと振り返る時間が多くなってきた。

 

かといって、思春期を振り返ると、あまり楽しくないことが多かった気もする。親のいうことを聞き、せっせと学校に通い、嫌いな数学や生物、物理を学び、自由に使えるお金も時間もいまに比べると、圧倒的に不足していた。

 

身体や心の変化も大きな時期だった。自分の顔が嫌いになり、身体のあちこちに、自分では制御できない違和感を覚え始める。どんな情報も瞬時に収集できる現在と比べると、集められる情報の量は数百数千分の一にも満たない。世界はどうなっているんだろう。どうして、時間はこんなに遅く進むのだろうと、焦ってばかり。ずっと、イライラしっぱなしではあったけど、不幸ではなかった。

 

孔子は「三十にして立つ」といい「四十にして惑わず」「五十にして天命を知る」といった。60歳では「耳順う(みみしたがう)」といって、周囲にも素直になれると述べている。自分のような意固地な人間は、いつになったらそんな心境になれるのかしらとただ、不安がつのる。

 

インドでは古くから、人の一生を、学生期、家住期、林住期、遊行期の「四住期」に分類していた。中年以降は家にいたり、林のなかに入ったりを繰り返し、やがて家や家族から離れ、次の世界=死に入る準備期間という考え方である。身体は老いていくが、精神的には完成の領域に近づいていく。心だけは成長を続けていくと捉えれば、救いもある。

 

健康的な食事などとは無縁で、運動らしいこともせず、趣味も持たず、好き勝手な生活を長く続けてきた。40歳を過ぎてからタバコを始め、公共施設や電車が全面禁煙になり、価格が高騰し始めた頃になって、禁煙をした。1箱2、3百円だったら、いまでも人目を忍んで吸いたいくらい、タバコはおいしいと思っている。

 

先日亡くなったフジコ・ヘミングさんは、タバコ好きで知られた。あるインタビューで、どんな国、どんな街が好きかと問われ「吸い終わったタバコを地面にポイと捨てて、足で火をもみ消しても、何もいわれないようなところ」(正確には覚えていませんが)と答えていた。かなり高齢になってからのインタビューだったはずだが、そのカッコよさが印象に残っている。

 

いまでは世間から総攻撃を受けそうな話だが、フジコさんは人と人、人と街との「間=余白・余韻」の大切さ、大人の文化、文化の味わいのようなことをいいたかったのではないか。味のある街や人には、必ずといっていいほど、少しの悪や秘密が隠されているものだ。

 

林住期、遊行期は、いったい、いつから、どのように…と考えては空回りばかり。その空回りに疲れ果て、うとうと眠ってしまうほど若さを失った自分に、また、あきれてしまう。

 

社会においても

個人史においても

混沌-秩序-混沌という

ほろびをうけいれる図式を

もつほうが望ましいと

私は思う

 

鶴見俊輔さんは著書の中でこんな言葉を残している(「家の中の広場」編集工房ノア)。若者に負けない、年に負けない、自分に負けない、流行に負けない――つもりで直線的な秩序に向かっていくのではなく、ぐるっと回ってもとに戻ったけれど、見えている景色は少し違って見える。そんな循環を受け入れつつ「ほろび」に向かっていくことも、滋味深い人生ではないかという話に思えてくる。

 

インドでいう林住期、遊行期も、無理のない範囲で学びつつ、動きつつ「ほろびをうけいれる」ための準備期間をいうのかもしれない。そう考えると、少しは安心する自分がいる。