言葉と記憶の小径。

D's Diary./The long and winding path of my own choice.

ヒロイン。

〇日

いつから「やさしい」のが男の人のほめ言葉になったのでしょう。だいたい「いい人」とか「やさしい人」というのは飲み屋のツケを踏み倒せない、ホステスにまで愛嬌をふるようなアホのこと。

 

あまり「やさしい」「やさしい」といわれると何だか「バカだ」「バカだ」と言われているようで。これ以上、「やさしさ」をもてはやし特権を与えると危険です。ともあれ「やさしさ」に限らず、一つの言葉がたやすく価値基準になる現代というものを、私は悲しみます。

 

やさしさに食傷気味の人は、裏切ることによって精神的高揚が得られるでしょう。

 

ひたすら「おまえのためだ」と力説する思いやりや無関心を装う親の寛容さは、暴力的ですらあります。

 

犠牲にしたものを後生大事に反すうするのではなく、犠牲そのものを次の段階の踏み台にしてしまうのです。人は他人の愚痴を親身に聞くのではなく、自分の生活の何ものたるかを確かめるために、相手の愚痴に耳を傾けるのです。

 

声を大にしていいたいが、苦労をした人間に豊かな人間性など育つはずがないのだ。

 

出されたものを「おいしい」と言って食べてやるのが男のカイショーであり、たかが味ごときものに頓着してああだこうだとごたくを並べるのは、女々しいことだと思う。

 

2010年に亡くなった「つかこうへい」さん。20年ほど前にメモしておいたものを、時折、開いてはまた、納得しながら読み込んでしまう。

 

戯曲はあまり読んだことはなかったが、エッセイは何冊も読ませていただいた。いつの間にか線だらけになり、次はメモ帳に写していく。ほぼ1冊を写していたことも多々あった。

刃が白く光る匕首で胸を突いてくるような名文ばかり。根底には彼独特の「やるせなさ」が遠慮がちに叫び声を上げている。

 

ちなみに、これまで本をまるごと1冊書き写したことのある作家は、つかこうへい、開高健、ユベール・マンガレリ(田久保麻理訳)、宮本輝の4人だけ。

 

遺言に「対馬あたりに散骨して」といった文面があった。これを読んで、自分は海に骨を撒かれるのはイヤだな、と思ったことを覚えている

 

あなたもヒロインになれるということは、とどのつまりが、誰ひとりとしてヒロインがいないということだ。

 

 

 

※日本名は金原峰雄(かねはら みねお)、韓国名は金峰雄(キム・ボンウン)。あなたは遺言に「思えば恥の多い人生でございました。」と書きましたが、そんなあなたをずっと上回るアホも、ここにいます。

 

 

〇日

「青春フォーク大全集」という、たいそうなタイトルが付いた2枚組のCDをがある。何年も前に買ったものだが、思い出したように、聴く。今日もだらだらと、聴いた。

 

ほんとは、この手のベスト版は嫌いで「青春」というタイトルもうさん臭くていやだった。収録されている加藤和彦さんの作品が聴きたかっただけなのだ。

 

「白い色は恋人の色」(1969 ベッツィ&クリス)。いまの日本に、こんなにきれいなハーモニーを奏でることのできる歌手はいるだろうか。高校に入って、ギターを弾き始めたとき、真っ先にコードを拾って練習したのも、この曲だった。あれから何十年もたつのだけれど、コードはもちろん、詞も全部覚えている。

 

作詞は北山修、作曲は加藤和彦。中学、高校、大学時代は、北山修の本を読みあさり、二人のつくった曲に影響されながら、多感な時代を過ごしてきたといってよい。

 

加藤和彦は天才的な音楽家だ。「おいでよ僕のベッドに」「あの素晴しい愛をもう一度」「初恋の人に似ている」(トワ・エ・モワ)は、いまもコードブックのなかに入っている。

コード進行の多くはC→Em→ F→G7のようにシンプルだが、それらは最初からシンプルなのではない。膨大な情報量を削いで削いで削ぎ落としたところから搾り出された、吟醸もののシンプルさ。

 

風のなかをふわりと旋回する紙飛行機が、緻密な力学に裏付けされているように、この人のつくる曲が醸すふんわり感は、相当に凄みのある才能、苦悩に裏打ちされたものではないか。

 

シンガプーラ」は「白い色は恋人の色」に次ぐお気に入り。この曲を聴き、憧れたシンガポールには、仕事を含め4度も旅をする機会を得た。

 

あの日、訃報を聞いたときの寂しさといったら、なかった。安井さんを、どこまでも深く慕い、愛していたのだろう。

 

 

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※「シンガプーラ」 作詞:安井かずみ    作曲:加藤和彦オーチャードロードを歩きながら、何度口ずさんだことだろう。ふわふわ感の中に潜む、感性の鋭利、音への限りなき憧憬、体温に近いやさしさ、肌を潤すような湿り気具合。この街全体から放たれるあの美しい空気感は、歌のなかで表現されている通りだった。