言葉と記憶の小径。

D's Diary./The long and winding path of my own choice.

ソウルジョブ

〇日

記憶に違いがなければ「さとうきび畑」の歌を

初めて聞いたのは、

森山良子ではなく「ちあきなおみ」だった。

NHKみんなのうた」で聴いた気がするが、自信はない。

 

ざわわ・ざわわ・ざわわ──。

息と声に感情をねっとりと絡ませた

はじめのそのフレーズは、

熱い風が吹き抜ける緑のさとうきび畑を連想させ

反戦イデオロギーではなく

どんな人の中にも息づく素朴な情と悲哀を

風の音のリフレインに織り交ぜ、まるで、なにかの詩歌を音読するように、歌った。

 

この人はどこにいってしまったのだろう。

「星影の小径」

「港の見える丘」

「黄昏のビギン」

こんな歌手が日本の、私たちの同時代にいたことを誇りに思う。

曲や詞、アレンジの素晴らしさもあるけれど

中でも、ブルース調に編曲された「港の見える丘」は

ビリー・ホリディの歌声が重なって、泣けてくる。

 

 

〇日

この仕事でよかったのか。
この質問だけは、自分に投げかけないようにしてきた。
自分が辛くなるだけだ。

収入や地位には代えられない、自分にとって意義ある仕事を
ソウルジョブ、というのだそうだ。

仕事で人の価値を計ろうとする人を、心から軽蔑する。
自分の仕事はこんなんですよ、と胸を張って語る人が好きだ。


12時、ピンポーン。
ドアを開けると、今朝、電話をいただいたばかりのAさんが
ニッコリ笑って立っていた。

80歳になるまで現役で活躍するテーラーさん。
10代後半から、歴代知事のスーツを仕立ててきたほどの腕前だ。

 

しばしの喫茶去。


Aさん曰く。
「いくら儲けたって、人が一度に食べられる食事の量など決まっている。
死ぬときにはお金も土地も地位も、あの世にもっていかれません。
だからこそ、足ることを知って、地道に働くこと。
楽な生き方になびいちゃいけない。
とにかく続ける。それが生きるということじゃありませんか」



「職業に貴賤はない。生き方に貴賤があるのだ」と、Aさんは言い切った。

なにかの本で読んだ気もするが、そのとおりですね、とうなづいた。

いまの仕事が、ソウルジョブ。
自分を説得して、そうそう、そうだよな、と納得させる。

 

 

※Aさんが亡くなって5年ほどになります。取材でお世話になった本は、ご家族により納棺され、旅立たれました。