言葉と記憶の小径。

D's Diary./The long and winding path of my own choice.

10年もしくは14年。

 

以前、EXILEのATSUSHIさんが

お昼のテレビに出演したときのメモが残っている。

願いごとの話だった。

 

どうせ、何かを願うのなら、

  • 他人のことであること
  • いいことであること
  • 10年以上(思い)続けること

という条件をつけてみる。

いいお話だ。

 

 

きのう再読した曹洞宗の名僧、

大徹の「食えなんだら食うな」(山手書房)のなかで

線を引いた箇所があった。

「徳」という文字。

ギョウニンベンに「十四」「心」と書く。

「こじつけかもしれないが…」と大徹和尚は語る。

 

一つの心をもって行えば、

いつか必ず得るものがある。

ただし「14年、それでだめならもう14年」。

 

つまりは、何ごとでも、

最低14年間というワンクールを過ぎないものは、

まだ半端な状態である。

「徳」を積むにしても

そのくらいの長い時間の積み重ねがあって初めて、

本物になるのだという。

 

いつか読んだヨーガの本でも

「幸福を得るための条件」というのがあった。

六波羅蜜」(布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧)と

「八正道」(正見・正思・正語・正行・正命・正精進・正念・正定)

などの実践であり、

それらを足すと6+8で「14」になる。

 

大徹和尚は「まずは、目標を持つこと」と綴る。

持つだけなら、誰でもできる。

それでいい、というのである。

少し、救われた気持ちになる。

ATSUSHIさんはきっと、

みんなのために、祈りを実践する人なのだろう。

立派な人たちだ。

徳、布施、正見、14… 継続できるよう、がんばります。