清廉な陰と艶を湛えた演技の素晴らしさもさることながら、常にボーダーを超えようとする行動力で培われた視座、それらが凝縮されたエッセイや小説が好きだった。
なかでも「30年の物語」(講談社 1999)は、何度も読み返しているものの、汚れるのがいやで、珍しく鉛筆で線も引かず、本棚に飾っている大事な1冊。
先日、たまたまつけたテレビで、ご本人が話しているのを拝見し、正座をしたまま、言葉を拾い、美しさにみとれてばかりいた。
タマゴを割らないと、オムレツを食べることはできない。
孤独は艶のある孤独でなければならない。
…といった、素敵な言葉がたくさん出てきたが、それらの言葉の礎になっているのが、この人が自ら醸成してきた「個」である。
孤独な「個」を飼い慣らせる人は、美しい。
「自分の眼で見、耳で聴き、肌で感じることだけを信じる」。最初にこの一文を読んだとき、自分の半生に重ね、これでよかったのだと安堵し、励まされもした。
人でも物事でも、そこに1%でも感じた違和感は自分のなかの奥底で、いつまでもくすぶり、いつかは必ず自分と乖離する。もしくは、その人、その物事が破滅・破壊に向かって突き進んでいくかのどちらかでしかない。
振り返れば、その確率は8割や9割ではなく、100%と断言できる。
「孤独であっても、常に目の前の窓を開け、自分に風を取り込むのよ」という言葉も素敵だ。人間誰しも、孤独であることは諦めるほかはない。が、決して人生を投げ出さない。改めて、勇気をいただいた。「30年の物語」のなかにある、大好きな文章。
輪舞(ラ・ロンド)。まるく輪になって登場人物たちが手をつないで踊る。人生、どうということもない。誰かと誰かが逢い、誰かが誰かと別れる。そして、ほんとうに逢うべき人とは、時も場所もまったく異なった空間ですれ違ってしまうのだ。誰もが誰も知っているようであり、その実、誰も知らない虚しい輪舞。私はその輪の中に入ってゆかない自分を感じる。
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「30年の物語」岸恵子 講談社 パリが刻んだ男と女の物語。出会いの背後に横たわるそれぞれの時代の光と影を透視した12の物語。