言葉と記憶の小径。

D's Diary./The long and winding path of my own choice.

檸檬。

〇日

何だろう、この不安感。朝起きて、すぐに、こんな気持ちになることがある。テレビをつけると、ウクライナやガザの映像。子どもたちの泣き叫ぶ顔、太々しい日本の政治家たち。どこかの国の大統領も、わが国の政治家も、誰一人、いい顔、と思える人はいない。

この人たちは、何を望んで生きてきたのだろう。称賛されることを期待して生きるうちに、権威主義になってしまう人間をたくさん見てきた。誰かが書いていた。「誰かに振り向いてほしいという感情は、振り向いてくれない相手への怒りとセットです」。徳は、天に積むものではなかったか。

 

〇日

占いは信じない。テレビで見たり、雑誌で読んだりするだけで、怖くなってなってしまう。運を得る、自分の機嫌をとるには、おおきなことを望まず、手が届く範囲以外で考えない。いつのころからか、そう信じてきた。プロフィールに「好きなこと=拭き掃除」と書いたのは、拭き掃除をすると、不思議と気が晴れるから。どんなに神頼みをしても、幸せはやってこない。神さまが与えてくれるのは、幸せになる材料だけだ。材料はきっと身近にある。How little we need to be happy. 小さなことからコツコツと。

 

…人は誰も生きない、

このように生きたかったというふうには。

どう生きようと、このように生きた。

誰だろうと、そうとしか言えないのだ。

 

…机の上に、草の花を置く。その花の色に、

やがて夕暮れの色がゆっくりとかさなってゆく。

長田弘 「世界はうつくしいと」から)

 

 

〇日

レモンといえば夏、というメージを抱いていたが、収穫時期は晩秋から冬。国産レモンの需要が高まり、広島や愛媛産のレモンをスーパーなどの店頭で見かけることも多くなった。

人気のハイボールには、レモンが欠かせないが、ウイスキーをストレートやロック以外でいただくこと自体に抵抗がある。あらゆるお酒は、グラスに注いだ生(き)の状態で飲まれるよう、緻密な設計がなされている。酒蔵のブレンダーや杜氏たちの本音を聞いてみたい。アイルランド人の友人は「ウイスキーを、ストレート以外で飲むなんて信じられない」。

 

レモンで思い浮かぶのは梶井基次郎の「檸檬」。難しい漢字で、辞書を見ずには書けない。字面がいい。胸を病んだ主人公はレモンの香りをかけば「ついぞ胸一杯呼吸したことのなかった私の身体や顔には温かい血のほとぼりが昇ってきて身内に元気が目覚めて」きた。

 

高村光太郎の妻・智恵子が死の直前、口にしたのもレモンだった。光太郎の「レモン哀歌」(1939)には「その数滴の天のものなるレモンの汁は ぱっとあなたの意識を正常にした」と書かれている。それから間もなく、恵子は天に召された。

 
小椋佳の「夢追い人」は大事にしてきたアルバム。収録曲「思い込み」は、大好きな1曲。作曲は星勝。初めて聴いたのは、学生時代、市ヶ谷に住んでいた友人の下宿だった。大人になんてなりたくない、そんな気持ちになったとき、繰り返し、聴いた。2番の歌詞に「レモン」が出てくる。
───レモン切る時 ふと辛いのは 大切なものが死ぬ時の 寂しい香りが広がるからでしょう 彩色されてゆくことだけで それを成長と呼ぶのなら 僕は彩りを拒むことにしよう───。