言葉と記憶の小径。

D's Diary./The long and winding path of my own choice.

わからない、ということ。

〇日

04時30分起床、

準備を整え07時過ぎの新幹線で福島県A市。

3.11以降、原発事故による被災者たちが

補償金などの目途がついた順から、

内陸への移転を始めた。

同市エリアのハウスメーカーは数年間、

前年対比300%のバブル状態が続いたが

地元工務店は、もとのキャパがキャパだけに

年間5棟を7棟にするのもやっと。

結局は大きなザルで

大量の被災者をすくいあげる大企業だけが

大儲けをした。

 

しかし、バブルが終わった途端、

大手から順に地元を去っていく。

そうしたなかで良質な工務店

新築をオーダーできた人は幸福だったかもしれない。

目の前の仕事を

きちんとするしかできなかった。

そう振り返る

30代の若い社長さんたちとの時間が、心地よかった。

 

22時前、就寝。

イノチを削る夢。

かすかな光を湛えるイノチのような鉱石が

ノコギリやナイフ、刀、鋏などいろんな刃物で刻まれる。

イノチはいろんな形に変化し

淡いイエローやパープルに色を変え

抵抗をするが、

刃物は容赦なくそれを刻んでいく。

命でも生命でもなく、なぜイノチ、なのかわからない。

この字ヅラが明確に主張してくる。

 

はっと目覚めたのが、深夜0時前。

2時間しかたっていないのに、

いくつもの夜を

続けて眠ったような疲労感で身体を起こす。

そのまま眠らず、

仕事場で椅子に座ったまま朝。

 

 

〇日

B町、C社。

帰り際、社長のDさんと立ち話。

これだけの品質を保っても、

理解してくれる人は少ない。

消費者はわがまま。

いいものを創ってもほめられることはないが

少しの瑕疵でも、

ドヤ顔でクレームをつけてくる。

心が折れそうになります、と話す。

 

見えないところにこそ、

最善を尽くそうとする人たちの善意を

受け止める人は少ない。

隠れてしまうところ、言葉にできないところに

生命をかける人たちの

代弁をしてきたつもりだが、

自分の非力さを痛感。

 

でも、卑屈になってはいけない、

と自分に言い聞かせています。

そういって

胸を張るDさんの横顔は、カッコよかった。

 

ノーブレス・オブリュージュ

高貴な人には、

そう振る舞う義務があるという意味の言葉だ。

作業服で現場を飛びまわる彼らに

品格さえ感じた、2日間。

 

 

〇日

どうして首が白いのか。

わからない、わからないと唸りながら、

目が覚める。

自分の全身が眼に映り、

首の色だけが白く変わっていて

その自分を俯瞰している自分がいる、

という夢。

分析はしないし、できない。

しかし、いかなる夢にも後に続く物語の伏線が

潜んでいることは、

ユングでなくとも、そう思える。

 

 

〇日

土日など週末に家にいるのは、年間のほぼ半分。

そんな日常が四半世紀以上続いた。

出張先でお会いする人、

その土地の風景、音、匂い、温度、湿度、

風の感触や空の高さ、

道端の雑草の色艶、水の味まで、

ネットでは絶対に収集できない

生の情報にふれらる時間は、幸せであった。

 

本の世界も同様で

再販店で買った110円の本であろうと

新刊の2000円の本であろうと、

自然界や街なかと同じく、

そこでしか感じることのできない

世界や情報があって

投資した数百数千倍の価値をもたらしてくれる。

 

自分の知らない世界があることを確認し、

落ち込み、学び、

未熟さや弱さを味わい、問うても無駄なことを、

さらに問い続けるためだけに、読む。

 

年間8万もの新刊が出て、

万人がネットを通じて自身の日常を垂れ流し、

情報を瞬時に取得できる時代。

それでも求める「解答」にたどり着けず

生きることへの「問いかけ」すらできなくなりつつある。

問うことのできない状態では、

解答に近づくことはできない。

わからない、を繰り返すしかないようだ。

 

森羅万象は寡黙でありながら、

常に、圧倒的な量の情報を発信し続けている。

それらを五感で感じるための、

キーワードの欠片に、少しでも触れられたら。

そんな青臭い夢ばかり見てきた。

 

眠れぬ夜、小川洋子「ミーナの行進」を開く。

博士の愛した数式」「冷めない紅茶」に次いで3冊目。

この人の「声」もいい。

日曜日午前のFM番組は、欠かさず聴いてきた。

 

物語のなかのミーナは病弱だが

物語をつくるのが好きだ。

 

死んだらどうなるのか

知りたくてたまらない少女が

ある日、ありったけのガラス瓶を用意し、

死んでゆく星という流れ星をせっせと集めて

それに入れ、栓をしました。

流れ星は消えてなくなるかと思ったら、

底に一滴

夜露が溜まっているのを見つけました。

その一滴に、自分が映って、

じっとこちらを見つめています。

たとえ死んでも、

消えてなくなるわけではないのだ、

とわかった少女は

安心してベッドにもぐりこみました。

 

 

そんな素敵なくだりが最後にあって、

何度も読み返す。

最初は意味がわからないままでも

繰り返し文字を眺める。

無機質なフォントは次第に生の言葉となり

少しずつ発酵して熱を湛え

やがては自分だけの記憶の辞書に刻まれる。